2015年11月
国立国際医療研究センター 理事長 春日 雅人
ヒトゲノムは約30億の塩基対からなりますが、そのゲノム配列が解読され公開されたのは2003年のことでした。ゲノムの塩基配列を決定するシークエンサーの進歩は目覚ましく、米国では、1,000ドルで1人のゲノム配列を決定できる“1,000ドルゲノム”の時代を迎えたと言われています。このような背景を受けて、2012年には英国で10万人のゲノム配列を解読するGenomics Englandが、2015年には米国で100万人のゲノム配列の解読を目指すPrecision Medicine Initiativeが開始されました。わが国でも、ゲノム研究の成果を患者さんに還元するゲノム医療を実現しようという気運が盛り上がり、そのための具体的なプロジェクトも開始されようとしています。
このような時に、その成果が期待されている領域のひとつが、医薬品の作用に患者さん個人の遺伝素因がどのように関与するかを研究する学問領域であるpharmacogenetics(薬理遺伝学、ゲノム薬理学)です。現在、C型慢性肝炎の患者さんに対するインターフェロン治療は20%の人には残念ながら無効です。最近、インターフェロン治療が有効かどうかは、その患者さんの19番染色体のILB28遺伝子の近傍にある一塩基置換(SNP: single nucleotide polymorphism)を調べれば予測できることがわかりました。これはまさにpharmacogeneticsの成果です。薬剤の副作用や至適用量等についても、同様に患者さんの遺伝素因を調べることによって、投薬前に予測できることが報告されています。このようなpharmacogeneticsに関する成果が、1,000ドルゲノムの時代を迎えた今、飛躍的に増加することが期待されています。そして、このようなpharmacogeneticsの研究成果を患者さんに還元する医療の現場で、薬剤師の皆様の活躍が期待されています。患者さんに、遺伝子検査の結果を、正しくわかりやすく伝えるのは簡単なことではありません。薬剤師の皆様には、医師をはじめとする他の医療関係者との連携を密にし、この分野の進歩に関心を払い、オーダーメイド医療の実践に向けて貢献して頂きたいと願っています。