2017年2月
専務理事 浦山 隆雄
私の配属された研究室には大きな分液漏斗があった。通常使うものは100mLか200mL程度のものだったと思うが、それは5Lであった。化学合成研究の出発原料作りに使用するものである。目的とする化合物を合成するために試行錯誤する実験を遂行するためには、出発原料を大量に用意しておく必要がある。
しかし、出発原料を作ることはそう多くない。この大きな分液漏斗は、普段ジエチルエーテル(エーテル)の精製に使用されていた。一斗罐で購入したエーテルを硫酸で洗滌し、蒸溜して無水エーテルとするのである(最後にエーテルを入れた瓶にワイヤー状の金属ナトリウムを入れる)。もちろん瓶入りの無水エーテルは売られていたが、経費の節約のために自分たちで精製していたのである。
分液漏斗によって抽出操作をする場合、通常有機溶媒と水とを入れ、激しく振蕩して静置し、二層に分かれたうちの必要な方の液を保存する。無水エーテル作りは、硫酸によるエーテルの洗滌と書いたが、原理は抽出である。エーテル(有機溶媒層)中に含まれている不要物を硫酸(水層)に移行させる。上層液はエーテルであるから、何度か下層液の硫酸を捨てることになる。この操作は、揮発しやすいエーテルに硫酸を加えて振蕩するのであるから、発熱も伴い、注意深く行う必要がある。慎重に、静かに、確実にという作業である。だから、経験の浅い学部4年生は触らせてもらえず、大学院生の仕事であった。
昨今、薬局のあり方に関する提言が相次いだ。「薬局の求められる機能とあるべき姿」、「健康サポート薬局のあり方について」及び『「患者のための薬局ビジョン」~「門前」から「かかりつけ」、そして「地域」へ~』である。かかりつけ薬剤師にかかわる診療報酬上の手当もなされた。
かかりつけ薬剤師になるために研修認定薬剤師の認定を申請する薬剤師が激増した。健康サポート薬局研修の研修修了証交付者も着実に増えている。患者のため、地域の住民のため、薬剤師のすべきことは多い。そのための一つの方策として認定薬剤師になることは有用である。しかし、認定薬剤師になることは、その一歩であって目的ではない。たとえ認定薬剤師でなくても、必要なことをきちんと行っていれば、患者や住民の信頼は十分に得られる。
認定薬剤師になっても、必要な業務をきちんと行わなければ、存在意義はない。不要となった下層液の硫酸は捨てられるのである。その一方で、分液漏斗を触らせてもらえなかった4年生も、経験を積んで大学院生になれば、無水エーテル作りの担い手となる。前者の生じないことを、たくさんの薬剤師が後者となることを、切に願うものである。