2017年9月
武蔵野大学客員教授 今井 一洋
最近「フェイクニュース(偽の情報)だ」と某大国の大統領が大新聞のニュースに対して断言する機会が多い。実際の事件あるいは事象を目撃していない我々一般人は、その情報が正しいのか偽なのかが分からず困ってしまう。従来の習慣では我々は、大新聞の一つでも読んでその情報を正しいと判断していた。それは大新聞には、十分な裏付け調査を行い、正しいと思われる情報のみ報道するという姿勢があったからだ。しかし最近では、裏付け調査もいい加減、意図的に情報の一部しか報道しないという新聞も存在するようであり、従来の習慣に従うだけでは、自分の知識が偽の情報によって満たされる恐れが出てきた。オバマ前アメリカ大統領が言っているように、「真面目な議論と誇張された宣伝文句の区別」が難しくなってきた時代を反映している。多くの新聞を読み、さらにテレビ、インターネット上での情報を見て、総合判断すれば良いのであろうか。インターネット検索大手のグループなどが中心となりFake News Challengeという組織を結成し、人工知能(AI)を利用して情報の真偽を判断しようとする動きもある。ある情報に対してそれに関連する他の多くの情報源を瞬時に集め、それに対して正しいとする情報源の数が多ければ、それを正しい情報と判断するのであるという。勿論、ある特定の情報源が偽の情報を絶えず発信しているかどうかの検査も行われるはずだ。我々はこの組織の判断を利用して情報の判断を日々行うことになるのであろうか。このコラムが印刷される頃にその成果が発表されるという。
ところで、医療用医薬品やOTC医薬品(薬)の正しい情報とは何か?その薬の薬効、毒性、安全性などの基礎実験結果を基に創成され、最終的に製剤化され、臨床試験を経て、科学的判断のできる知識人の会議で認可された薬は、科学的実験結果に裏打ちされた物質である。それらを記載した添付文書の内容は正しいと信じて良いだろう。薬剤師の皆さんは添付文書の中身を患者さんに忠実に伝えているので、患者さんから「その薬の作用・副作用についての情報は偽ではないか」と詰問されることがあっても狼狽えることはないであろう。しかし、薬が多くの人に使われていくうちに、患者さんによっては、添付文書作成時には判明していなかった作用・副作用が現れても不思議ではない。皆さんは大学での講義で、「薬剤師は科学者である」と聞いたことがあるだろう。その科学者精神を発揮して、何回かの服薬指導時に、何か変わったことがないかを患者さんから聞き出せば、それが契機となってその薬の新しい作用や副作用が発見されるかもしれない。皆さんの中から、鎮痛薬アスピリンが抗血栓薬として認められるに至ったような、一大発見の切っ掛けが報告されることを期待したい。冒頭に述べた大新聞に載る情報は、患者さんとの対話の際の潤滑油として必要である。
最後に、「薬剤師は科学者である」は情報ではなく、作者不詳の定義であることを付け加えておきたい。