2017年10月
くすりの適正使用協議会 理事長 黒川 達夫
現在、世界の仮想情報空間上には、10ヘプタバイト(10の18乗)の情報が存在するとのことである。世界の人口が約70億人として、1人1.43ギガバイト、ちょうど最近のノートパソコンの記憶容量一杯の量だ。座れる場所があれば、そこでは10人中7~8人はスマホと取り組んでいる世相となり、情報化社会は正に日常の姿になった。
薬剤師の扱う医薬品情報の量はどれほどのものだろうか。20世紀の頃、大きな数字を扱うときに「天文学的な」という形容詞があった。もはや「世界に存在する情報量のような」という形容が相応しい世の中ではないだろうか。夜空を見上げて想像することで済ませられたものが、検索エンジンを廻せばあっというまに100万件ヒットなどの形でディスプレイに拡がる、これは現実の姿である。
ここで現代人の歴史20万年をふり返ると、情報量が爆発的に増えたのは、おそらく1995年のウインドウズ95が出来、インターネットが確立された頃からではないかと思われる。20年ほどの短い期間、つまり20万年を1年にたとえれば1時間に満たない瞬間に、人間はどれくらい情報を処理できる能力を獲得したのだろうか。
やはり20年間、すなわち「個人の訓練の範囲」ではどうしようもないのではないかと思う。処理しきれない部分があり、そこに新たなビジネスが生まれる。この3年ほどの間に、医薬品や医療関連情報についても、いわゆる「まとめ記事」式の記事や情報が現れ、それらのまとめ記事の不正確さが指摘されることも希でない。医療や医薬品に関係する事象を強引に一般化、単純化し、あることをするかしないか、またはそれが正しいか正しくないか、などのバイナリーに括るタイプの情報提供が多いのだ。病気や症状は一人一人で異なり、さらにそれらの軽重、病気自体の自然な消長、合併症や年齢・性別など加わって千差万別である。正にそのこと故に、患者個人個人の診断や処方があり、調剤があるのだ。
課題は、このヘプタバイト規模の情報の海の中で、如何に目前の患者に最適、最善の医薬品情報を提供し、ベストの薬物療法を患者とともに実現するかである。ありとあらゆる情報が患者を目指して発信されている中で、これは薬剤師の新たな、しかも決して易しくない役割と考える。繰り返し流され、一部が強調され、「危ない」、「止めよう」などの短絡的で覚えやすいメッセージの氾濫するリアルワールドの中で、薬剤師が担う役割と責任は益々大きくなっている。