2020年5月
一般財団法人日本医薬情報センター会長 寺田 弘
この原稿を書いている3月中旬は、新型コロナウイルス(COVID-19)による感染拡大が広がり、WHOも「パンデミックとみなせる」ことを表明したばかりのときである。マスクを求めるために右往左往することは分からないでもないが、トイレットペーパーやカップヌードル、はてはお米まで品不足となると、かつてのオイルショックを思い出させる騒動である。こんなときこそ、“正しく怖れよ”との寺田寅彦の名言が思い起こされる。このような災害時にはどうしたらいいのかをこの機会に考えて見てみたい。
災害現場において薬剤師は、必要とされる薬を必要なときに供給しなければならない。しかし、分類されていないで乱雑に積み重なっている救援された薬の山から必要な薬を迅速に取り出すことができるのか、普段服用している薬品名を知らない多数の被災者に必要な薬を提供することができるのか、目的とする薬品がない場合に有効な代替薬品は何かなど、混乱を極める場においてパニック状態にある被災者を相手に適切な処置を行わなければならない。
さらに注意しないといけないことは、被災者の避難所における生活がもたらす精神状態である。災害にあった不安感とプライバシーのない清潔とはいえない避難生活で、ストレスが高まっている状態によって、いままで効いていた薬が効かなくなったり、その逆に効いていないとされていた薬が効くようになったりするのは、精神状態が薬効に影響を与えることに起因している。適切な臨床判断、被災者の苦しみへの共感、他職種との連携が求められるゆえんである。これらは薬剤師の日常業務に関することでもあるが、唯一異なっているのは、精神的にも肉体的にも疲労困憊のなかでこれらの業務を行うことができる強靱さが要求されることである。
この様に見てくると、災害に適切に対処するためには、薬学に関する知識や実務を習得するばかりでは不十分で、極限状態においても薬剤師業務を十分に行い得る実力を備えた薬剤師を養成することが重要になってくる。この様な考えに基づいて、私が現在勤務している新潟薬科大学では、2016年から災害薬学研究会を組織し、新潟大学の災害医療教育センターと緊密に連携して活動を開始している。本年の7月に、新潟において開催される日本災害医療薬剤師学会において、その成果を発表する予定ですので、薬剤師の皆様にはぜひ参加して頂きたいものである。