2023年7月
国立医薬品食品衛生研究所 所長 本間正充
この4月に私が所長に就任した国立医薬品食品衛生研究所(国立衛研)は、来年で創立150周年を迎える我が国最古の国立の試験研究機関です。明治政府の初代医務局長であった長与専斎により、1874年(明治7年)に海外から輸入される粗悪な医薬品を取り締まるため、その品質検査を行う機関として東京司薬所が設立されたのが起源です。この年、長与専斎は「医制」を公布し、薬舗主に調剤権を賦与しました。これが、現在の薬剤師の始まりです。「医制」では医師の薬舗業を禁止し、欧米と同じ医薬分業を目指していましたが、近代化を歩み始めた当時の日本ではうまくいかず、現在のような医薬分業が定着するまでには、そこから100年以上かかったことは私が言うまでもありません。国立衛研も、この150年の間、大きく変わりました。現在では医薬品にとどまらず、医療機器、再生医療等製品、化粧品、洗剤などの生活用品、食品や食品添加物・残留農薬、食品の容器・包装に使われるプラスチックなど、我々の生活環境中に存在するあらゆる化学物質が対象となっています。これら化学物質を中心とする製品について、その品質、有効性、安全性を確保するための研究を行っています。同じ起源と長い歴史を持ち、同じ医薬品を扱っている国立衛研と薬局(薬剤師)は、残念ながら近年ではほとんど接点がありません。
元薬剤師研修センター理事長の内山充先生(故人)は、当研究所の副所長の時に「レギュラトリーサイエンス」という考えを提唱されました。これは科学技術の成果を、「人と社会」に調和させ、真に国民の利益にかなうよう調整することを目的とし、基礎科学でも応用開発でもない、より高度な科学の関与を必要とする評価と判断の科学であるといっています。国立衛研はこの「レギュラトリーサイエンス」の実践を通じて人と社会に貢献しています。私はこの「レギュラトリーサイエンス」の精神は薬剤師を含む医療従事者が多かれ少なかれ持っているものと考えています。
実は私の妻は地元の薬局で 20 年以上も働いている現役の薬剤師です。かかりつけ薬剤師として、薬の調剤や処方だけでなく、健康や介護などの相談にも応じているため、薬を取り巻く社会問題には特に敏感です。最近では、医薬品の回収や供給不足、鎮痛剤の乱用、ジェネリック医薬品の品質等の話題が食卓に上がりました。国立衛研と薬局の接点はほとんどありませんが、少なくとも我が家では国立衛研の研究者と薬剤師が密接な意見交換を行っています。