2024年1月
理事長 矢守 隆夫
新年明けましておめでとうございます。この一年が、みなさまにとって素晴らしい一年となりますよう祈念申し上げます。
年頭にあたり、私は抗がん剤の研究に長らく携わってきましたので、抗がん剤開発の歴史に触れたいと思います。
がんの3大治療として、外科手術・放射線・化学療法があげられます。この中で「抗がん剤」投与をベースとする化学療法は、最も歴史は浅いですが、近年最も著しい発展を遂げた治療法と言えるでしょう。
抗がん剤の誕生は,1946年の毒ガス成分から見出されたナイトロジェンマスタードの開発に遡ります。これ以降、細胞の基本的機能であるDNA合成阻害を介して殺細胞効果を発揮する種々の抗がん剤が開発されました。ただ、これらはがん細胞と同時に正常組織にもダメージを与えるため、骨髄抑制など重篤な副作用を伴うことが大きな問題でした。
しかし、その後1980年代のがん遺伝子の発見によって、がんの病態解明が一挙に進み、抗がん剤開発の転換期をもたらしました。がん遺伝子産物の多くは、がん細胞の増殖を促進するシグナルを伝達するチロシンキナーゼであり、がんのアキレス腱であることが明らかになりました。このアキレス腱を狙う薬、すなわち分子標的薬の開発が2000年を境に始まり、2001年にがん遺伝子産物BCR-ABLを阻害する分子標的薬イマチニブが承認され、慢性骨髄性白血病に驚異的な治療効果を示しました。
これを機に分子標的薬時代が到来し、この20年間に150剤を超える新薬が開発され、がん化学療法は一変しました。分子標的薬はがんに特異的に発現する標的、あるいは正常組織よりもがん組織により多く発現する標的に作用するため、従来の抗がん剤に比べ毒性が低いのもその特徴です。
一方、2015年には、抗PD-1抗体を始めとする免疫チェックポイント阻害剤が登場し、がん免疫療法が一躍脚光を浴びるに至りました。この間、抗体医薬の発展は目覚ましく、分子標的薬の3割強を占めるに至りました。最近では、抗体を利用した抗体薬物複合体や光免疫療法も注目されています。さらに、RNAを用いたがんワクチンの開発も進められています。
高齢化に伴いがん罹患率が上昇する中でがん治療への期待は高まる一方です。がんを専門とするしないに関わらず薬剤師が、がん治療に接する機会はますます増え、それとともにがん治療における薬剤師の担う役割も一層大きくなるものと思われます。薬剤師の皆さんのご活躍を期待します。