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薬剤師研修支援システム

「である」ことと「する」こと 

2025年4月

業務執行理事 長谷川浩一

 

 昔の呼び込みは、お客を捕まえる時に、「よ、先生」とか、「そこの社長」とか、威勢のいい声で人を捕まえていた。先生や社長と呼ばれて、悪い気を持つ人はあまりいない。

 「私は先生である」、この「先生」という言葉はいろいろな職業を指している。一般の人がまず、最初に思い浮かぶのは、学校の先生ではないだろうか。その次にでてくるのは、弁護士や医師であると思う。最近は、薬剤師も先生と呼ばれるようになってきた。

 一方で、先生という人ほど、常識がない人が多いと揶揄されることも多い。確かにそういう人もいるかもしれないが、先生は特定の分野の専門家であり、どの分野でも専門家であるわけではない。先生が少しでも間違うと、やっかみも含めて常識に欠けていると言われることが所以ではないかと思う。これは先生なるものが、万能であり、間違いを犯してはいけない人としてとらえられており、期待されているからなのかもしれないが、先生たるもの、専門分野では間違いを犯すことは許されない。

 さて、「先生」は、何故、尊敬の対象となりうるのか。それは、その人がそれぞれのバックグラウンドをもって、他人のために専門的な業務を担っているからではないだろうか。従って、「先生」であることより、専門的な知識を持ち、他の人に恩恵を与えること(先生がすること)を一般人は期待しているものだと思う。

 薬剤師は、「薬剤師である」。このことは調剤をするためには必須のことであり、ここは譲れないところである。一般の人からすると、薬剤師であることが重要なのではなく、その薬剤師が患者のために何をしてくれるのか、ここが一番重要なことではないだろうか。薬剤師として機械的に調剤をして服薬指導をすること、これだけでなく、最近はそれ以上の付加価値を求められる時代になってきていると感じられる。

 最近、専門薬剤師という言葉を聞くようになってきた。医療の高度化・専門化が進むにつれ、薬剤師にはそれらに対応するさらなる専門性が求められるようにもなってきたからかもしれない。また、目の前の患者の置かれている環境も様々であり、個々の患者に応じた調剤や服薬指導などが必要にもなってきている。専門性が必要とされる分野については、今後、さらに専門薬剤師が現れてくるかもしれないが、ここでも専門薬剤師であることが重要ではない。個々の患者に合った薬物療法をいかに提供するのか、調剤技術だけでなく、幅広い知識をもち、患者と対面し、その患者のために最適な薬物療法を提供することができ、他の薬剤師の模範となる薬剤師、そこが求められている。

 であることより、何をするか、そこが問題だ。